歴史

2010年9月 9日 (木)

今日は『菊の節句』と言われる重陽の節句

 9月9日の今日は『菊の節句』と言われる重陽の節句の日。旧暦では、ちょうど菊が咲く季節だったので、菊の節句と言われるようになったようです。

 何で9月9日が重陽の日かと言えば、陰陽思想では、奇数が陽と考えられており、その中でも9は陰数の極みと考えられていたようです。その大切な9が重なる日なので『重陽』と表現されたようです。

 節句としては、平安時代に、宮中行事として始まったようです。天皇以下が紫宸殿に集まって、和歌を詠んだり菊花酒を飲んだりしてけがれを祓って、長寿を祈願していたようです。

 また、菊の被綿(きせわた)といって、重陽の節句の前夜にまだつぼみの菊の花に綿をかぶせて菊の香りと夜露をしみこませたもので、宮中の女官たちが身体を撫でたりしていたといわれており、その様子が枕草子や紫式部日記の中に書かれています。

 なぜ菊が、重陽の節句に用いられたのかは、中国で、菊の花には不老長寿の薬としての信仰があったからのようです。鑑賞用としてより先に薬用や食用として栽培されていたようです。現在、シンボル的に扱われているお花の多くが、昔は菊と同じように薬用として使われていたようです。 
 漢方でも薬効を認められている菊の花も多くあるそうです。

 このように、穢れをはらってくれるとされた菊は、日本を代表する花ですが、そのルーツは、中国で、平安時代に日本に伝わって来ました。皇室の紋章になったのはさらに新しく鎌倉時代です。後鳥羽上皇が菊の花の意匠を好み、「菊紋」を家紋とされたのが始まりと言われています。もともと皇室の花が菊だったから、菊が重陽の節句に使われたのではないのです。

 今は、ポンポンマムとか復色の豪華な菊とかいろいろと生産、販売されています。楽しんでアレンジが作れると思いますので、作ってみませんか。

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2009年7月15日 (水)

吉野山 蔵王堂 吉水神社

Image0907151  吉野山といえば、桜ですよね。

 でも、日曜日は暑かったので、少しでも涼しいところへという気持ちで、吉野山に行ってきました。

 桜もなのですが、吉野山のシンボルは、『蔵王堂』。遠くからも、よく見えます。聞くところによると、東大寺大仏殿の次に木造建築としては、大きいそうです。

 お花見の頃、特に4月10日に来ると、女人採灯大護摩供が行なわれています。女性だけのものは、ここ蔵王堂がある金峯山寺だけだそうです。国宝のお堂の前で、女性の修験者でされるこの行事、私は一度だけ見させていただきましたが、素晴らしいものです。吉野には、現在も大峯山には女性禁制とされる女人結界が、残っているのに、この行事があることが、素晴らしいし、歴史を感じます。吉野が世界文化資産になったのも納得できる一つの要因だと思います。

 そんなことを考えて、修験者の方のほら貝の音を聞きながら散策したので、すがすがしい気持ちになりました。

Image0907152  左の写真は、吉水神社から見た蔵王堂。ココまで歩いてくるのにも、ずーっとほら貝の音に守られながら、約10分くらい歩きました。

 ここに来るまで、結構急な坂道を降りて、そして上りました。

 本当に、隠れ家がありそうな場所です。

 平安時代末に、源義経と静御前が隠れ住んでいたり、南北朝時代に後醍醐天皇が御潜幸されていたりというのが、当たり前に受け取れる場所です。

 それに、隠れていても、心を慰めてくれる桜が本当にたくさん見える素敵な場所です。吉水神社に入ってすぐ右手に『一目千本』というすてきな場所があります。春、桜の頃は、この絶景を見たい方々で、すごーく込んでいるのです。

Image0907153  ちょっとピンボケで、ごめんなさい。ドキドキしながら撮ったので、こんな感じになってしまいました。

 私は、建築が好きなのですが、この『義経潜伏の間』は、室町時代の初期の床棚書院作りの現存している最古の素晴らしいお部屋です。弁慶もここの片隅で、思案をしたといわれていますが、そんなことよりも、この日本の伝統的な書院造が、吉野で始まったかもというほうが、歴史的なロマンがあります。

 今の書院作りとは、少し違っていますが、基本的なものは、明り取りの窓まで揃っているので、驚きです。

Image0907154  後醍醐天皇の玉座も残っているようなのですが、ここは、関白豊臣秀吉が、彼の大好きなお花見に来られた際に、関白の好みに合わせて、豪華な桃山風なものに改修したものが、残っているようです。

 狩野派の絵が間近で見られて、とってもラッキーでした。

 お花の勉強の一つに、時代背景と建築がありますが、今回、あまり人のいない時に来れたので、じっくりと見せていただき、いい勉強になりました。

 ここに、桜以外の季節の花があったら、何を活けたらいいのか、考えさせられました。

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2009年6月 8日 (月)

無鄰菴(むりんあん)

 お花の勉強のひとつに、建築様式の勉強があると思っています。お花は脇役なので、その場、その時、その人に合わせて、制作することが大切。その為に、いろいろな建物や、お庭など、見学に行ったりして、見聞を広めています。

Image0906083  先日、京都の南禅寺前にある、明治の元勲山県有朋別邸“無鄰菴”を訪ねてみました。

 明治29年に完成した明治を代表する池泉回遊式庭園です。七代目小川治兵衛先生が作庭されているので、実際の広さの3倍にも見え、とても感動しました。

Image0906084  特に、一番奥にある三段の滝は、音もすばらしく、本当に山に入ったような感じにさせられます。

 ここには、素敵な茶室もあるのですが、驚かされるのは、このお庭だけではありません。

Image989698  この写真は、壁面は狩野派の金碧花鳥図障壁画ですが、洋館の一室です。

 この秋から、NHKで司馬遼太郎先生の『坂の上の雲』がドラマ化されるようなのですが、その中にも出てくる重要な場所です。無鄰菴は、日清戦争のとき、一時建設をストップし、その後完成したと聞いています。

 日露戦争をどうするかなど、日本の外交方針を元老・山県有朋、政友会総裁・伊藤博文、桂太郎総理大臣、小村寿太郎外務大臣の4人がここに集まって、決めたようです。世に言う『無鄰菴会議』です。

Image0906081  立身出世だけでない、夢を語り、実行する明治の男性の心意気が伝わって来る感じがしますよ。天井も、和の最高峰の金泥で作られているのもすごいと思います。

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2009年5月31日 (日)

はしまやさんに伺いました

Image0905311 Image0905312 昨日、この秋デザイン展を予定している倉敷市東町にあるはしまやさんに伺いました。そしたら、偶然にもお庭のさつきがとってもきれいに咲いていて、『さつき展』をなさっていました。写真でもわかっていただけるように、一回の軒よりも高く、とっても大きなものでした。奥様からお話を伺ったのですが、「戦争中、十分な手入れができなかったため、下のほうの枝が育たず、今のようになつたの。」とのこと。足元の枝は、くねり、その姿を見せているのが、とっても素敵と思って見させていただいていたので、驚きでした。

 たぶん手作りのガラスを使用されていると思ったガラス戸の戸は、後ではしまやさんで購入した本を読むと、ドイツ製のハンドメイドのものが使われていることがわかり、再びびっくりでした。窓越しに見るさつきは本当に歴史が感じられ、何か不思議な感じがしました。

 ここのお宅は、明治2年に創業されたそうなのですが、愛媛県新居浜市にある初代住友総理人広瀬宰平邸と同じく、当時の最先端の技術を導入されたお宅なんだなと、当時の日本の心意気まで感じられました。

 ここのお宅で、もっと驚かされるのが、明治時代の香りが残る呉服屋さんを営まれている店先の写真です。バーナード・リーチ、司馬遼太郎、浜田庄司など多くの文人墨客が訪れたときの写真です。ここのお宅の歴代の当主の方の造詣の深さ、お人柄など、なんとなく伝わってくるような感じでした。

 余談ですが、米蔵を改装なさって「夢空間はしまや」というお茶のいただける場所を作られているので、ゆったりと過ごせます。ここでの少しの時が、私に元気を維持させてくれます。

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2009年1月19日 (月)

JR伯備線・備中高梁駅への思い

090118_17240001  最近、若い生徒さんなどとお話をしていて、つくづく私も年をとって来てたのかなと感じるようになりました。

 昨年、私にとって“新幹線”という0系モデルが引退した。私以下の人にとって、新幹線は、生まれた時から普通にあったものという感覚。でも、私にとっては、東京オリンピック=新幹線というイメージで、記憶の中で一番古いものです。

 そこで、私の周りの鉄道っていつできたのか、知りたくなりました。そして先日TVで、JR伯備線の美袋駅が登録文化財になっていることを知り、驚きました。身近にありすぎで、関心が無かったので、へっーーという想いでした。

 調べてみると、伯備線は大正15年(1926年) 6月20日に、南側から伸びてきた南伯備線として備中広瀬、備中高梁、木野山駅が開業したそうです。私の父とあまり違わないくらいの古さなので、改めて驚きました。それまでは、バスとか高瀬舟だったのでしょうね。

 写真は、今の備中高梁駅ですが、昔から立て直されず、現在に至っています。この白い小さい駅には、愛着があります。昭和の駅として、残っていってくれたらいいなと思っています。美袋と同じように、登録文化財にはなれないのかしら…。柱を見る限り、その当時の駅らしいのですが…。

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2008年11月25日 (火)

奈良の風景 3

Imagenara0811252 奈良と言えば、やっぱりゆっくりと奈良公園を歩いている鹿ですよね。アバウトミーで質問しても、一番多いお答えでした。

 かわいい小鹿がいたので、チャンスと思いカメラを向けたのですが、私が動物嫌いとわかるのかどうか、今回も失敗に終りました。近づいてくれたのですがねいきなり、反対の方向へ歩いていってしまったのです。がっかり…(´Д⊂グスン 料理の・・・鉛人のようになるにはどうしたらいいのか、考えないと!Imagenara0811251

 今回は、あまり有名でないスポットをと勇んで出かけたのですが、天気予報どうり雨が降ってきて、これまた残念な結果に終りました。

奈良のシンボル若草山に“奈良奥山ドライブウェイ”という有料道路があります。世界文化遺産になっている春日原始林の中を車でスイスイ?と走れるのです。それに途中高円山の頂上に高円山ホテルというホテルがあり、レストランでお食事も出来るのです。ここからの景色が、写真なのですが、晴れていれば、薬師寺法隆寺までも見渡すことが出来る絶景スポットです。

 山の中は、春日大社の神山なので、神々しい雰囲気です。狩猟、伐採が禁じられていたので、自然が本当に残っていて、さらに進行のための石仏が多く残っています。さらに、家の前を流れている佐保川の源流“鶯の滝”などもあります。見たことがまだ無いのですが、樹齢400年以上と言われている春日杉の巨木で、周囲が9mもあるものやねじれているものなどあるそうなので、天気のいい日に、ハイキングに出かけてみようかなと思っています。

 尚、奈良奥山ドライブウェイは、高円山からも利用できますが、一部区間が一方通行のため、東大寺の北側、若草山の方から利用した方がいいですよ。

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岸和田 五風荘

Imagekishi0811251 岸和田と言えば、だんじりというイメージでした。でも、実際に行ってみると、昔ながらの城下町というイメージになりました。小さいながらも、城前に石庭を備えた美しいお城があり、今もその周りは、政治、文化の香りが漂っていました。

 でも、一番感動したのは、“五風荘”という邸宅でした。最初は、建っている場所から武家屋敷の後かなという気がしましたが、少し見ていると、割と新しい建築なんではという思いがしていました。なぜなら、倉敷の有燐荘と同じ様な煙突が見えたからです。

 説明書きなどを読んだりして調べてみると、江戸時代には、ここは薬草園だったらしいのです。そこに、岸和田の古くからの豪商寺田家が、近代紡績の会社を起こし、多くの財を築いたので、昭和初期に約10年の歳月をかけて、寺田利吉という人が約3000坪の邸宅を作ったようなのです。Imagekishi0811252

 お庭に塔の礎石が敷石になっていたので、どこかのお寺と深い関係があるのかと調べていると、お宅の門が、奈良東大寺塔頭中性院表門を移築したもので、岸和田にゆかりの深い楠木氏の「楠」の字をもじって「南木門」と称されていることがわかりました。Imagekishi0811255

 3000坪の敷地には、母屋のほかに立派なお茶室が3つもあり、それに待合席もとても立派なものでした。それを楽しむ、庭園は回遊式に造られ、池を囲んで、いろいろな風景が見えるように、配されていました。今は、小さな子供さんの遊び場に成っているようでしたが、ステキなところでした。お家の中もお部屋を予約すれば、結婚式や同窓会など、いろいろと使用でき、お食事も出来るようでした。でも、こんなに、庭園を歩き回れる所はあまり無いので、私にとってはとても嬉しいことでした。

 お花は、生活の潤い、脇役でしかありません。どんな場所に飾られるかわかりません。いろいろな場所についての知識、歴史的な勉強など続けていかなくてはと、また思いました。

 

Imagekishi0811253  

 今、日本では、自分のご先祖様が作った家に、住めなくなる方が多くなっているみたいです。どうしてなのか、よく解りませんが不思議です。自分の家を守って行くことは、日本の文化を守っていくことと私は思いますが、今のままでいいのでしょうか。何かが違っているような気がするのは、私だけでしょうか?Imagekishi0811256

 お城の回りも、古くからの町並みが残っているようでした。ここの探索は、この次にまわします。奈良から、車で約45分くらいでいけそうなので、桜の頃にまた来たいと思っています。

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2008年11月13日 (木)

クリスマスとサンタさんの関係

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 子供のころ、クリスマスはイエス・キリストが誕生された日と教えてもらった。でも、サンタクロースの来る日でもある。キリストとサンタさんどんな関係があるのかずっーと気になっていた。

 大学の頃、サンタクロースというのは、ドイツのキリスト教の聖人で聖ニコラウスという人ということを教えてもらった。ドイツ語読みで、聖ニコラウスを早口で言うとサンタクロースに聞こえる。どうも、クリスマスとサンタクロースは関係ないとこの頃気づいた。でも、どうやら語源はこれではないようだ。オランダ語で、聖ニコラウスのことは『シンタクラウス』というそうだ。これから、サンタクロースという読み方に変化していったらしい。

 聖ニコラウスは4世紀頃、東ローマ帝国(今のトルコの辺り)のキリスト教の司教であった。冬、12月のある日、貧しいために娘を嫁がせることできず、食べることもままならない家の煙突から金貨を投げ入れたらしい。その金貨がたまたま、暖炉に干してあった靴下に入ったことから、今でもプレゼントをもらうために靴下を吊るしておく風習が残っている。 

 その他に、聖ニコラウスは、貧しい人々が寒さで凍えないように、ホットワインに香辛料を入れた飲み物や、ドライフルーツがたくさん入ったパン(今のドイツのシュトーレーンのようなもの)を考案して、振舞ったという伝説も残っている。鶏肉もこの頃、家畜となっていたので、多くの人に振舞われたらしい。

 聖ニコラウスの祝日は12月6日に決められましたが、クリスマスアドベンツ中ということもあり、プレゼントを交換したり、美味しいお肉や魚を食べたり、お酒を飲んだり出来ないことから、この聖ニコラウスの日はクリスマス・イブとして新たに生まれ変わったのです。そのため、キリストのお誕生日とごちゃごちゃになって祝われているのです。

 クリスマスとは直接関係ないけれど、ボショレ・ヌーボーもクリスマスアドベンツに入ると、厳格なキリスト教徒はお酒は飲めなくなるので、早く醗酵させる方法が考え出されたらしい。

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 アドベンツ用のリースです。ボードを利用することで、表現の巾が広がりました。

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★『スペシャルクリスマスリースレッスン』を開催いたします。                                      
 ◆2008年11月29日(土)10:00 倉敷教室                                 
   詳細はこちら>>

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2008年11月 4日 (火)

ならの風景 その3

Imagebo0811042  アバウトミーで、「奈良で印象に残っている場所は?」という質問をしてみたのですが、圧倒的に、鹿の歩いている奈良公園というお答えが多かったのです。

 たぶん、鹿ちゃんにおせんべいをあげた楽しい思いで、追いかけられたか何かのちょっと怖い経験など、あるんだなと想像できます。

 今回は、鹿せんべいの画像を見てください。こんなに山積みになって売られています。価格は150円です。奈良の鹿を守るためにも、一度ご購入をお願いします。

Imagebo0811043  このせんべい代は可愛いシカの保護にあてます。ご協力ありがとう。と帯に印刷されています。本来は野生の鹿なのですが、現代のこの状況にあってはみんなで守っていくしかありません。

 よく尋ねられることですが、鹿は誰のもの?ということですが、藤原氏が氏神として春日大社の創建したとき(710年)、日立の国の鹿島神宮から勧請した神様が鹿に乗っていらっしゃったということを、聞きました。鹿は神様のお使いなのです。鹿はたぶん春日大社だけのものではないと思います。日本の普通に鹿なので、本当に昔から奈良に住んでいる野生の鹿なのだと思います。今は、国の天然記念物に指定されている文化財なので、国民皆のものなのだと思います。

Imagebo0811045  写真のように注意書きが奈良公園には多く、されています。でも、鹿に近づいていく方があるんですよね。昔は、さっき書いたように神様のお使いということで、大切に保護されていました。江戸時代には、鹿を悪戯したり、傷付けたりすると生き埋めの刑にされていたそうです。重罪です。食糧難になった戦後はね食べられたりして、30頭くらいになったこともあるそうです。

 今も昔も変わらないと思いますが、皆の力で鹿を守り、奈良の風土を守っていけたらいいなと、最近思うようになりました。

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2008年10月14日 (火)

奈良の風景 その1

Imagenara0810141 奈良に住み始めて最初に見つけた興味深い所です。猿沢池の南側の率川《いさかわ》の橋のしたにあるお地蔵様です。

 何でこんなにたくさんのお地蔵さんがと思って、お近くに住まわれているご年配の方にお聞きしたら、率川を戦い(戦国時代のものらしい)の後、川をお掃除していたら、たくさんのお地蔵様が見つかり、まとめてご供養されたのがはじめらしいとわかりました。舟形の土地に集められているのも何か、訳があるのかも知れませんが、また調べられていません。この次に調べてみたいと思います。この上の橋を渡る時は、自然に頭を垂れるようになりました。081013_16190001

 率川のお地蔵様の近くに采女神社という神社が猿沢池の傍にあります。ここに祭られている采女の位の女官は、「大和物語」によれば、帝の寵愛が薄れたのを苦にして猿沢池に入水自殺したそうです。この采女の霊を慰めるために神社が寄進されたそうですが、池を見るの切ないだろうということで、写真のように、猿沢池のほうに鳥居はあるのに、社殿は背を向けて建てられているそうです。私の知る限りでは、このような鳥居に背を向けて立っている神社はここだけだと思います。

だだ、背は向けてないけど、そっぽを向いて神様がいらっしゃるのは出雲大社です。拝殿からではなく、西側にお賽銭箱のある方からお参りしてくださいね。ちなみに、結婚願望のある方は、これを守ると大丈夫です。ちなみに、私は大丈夫でした。

081013_16150001  写真が下手なので許してください。売る目神社から、三条通を西に下るとすぐ右手に、橋本町の御高札場があります。見落とす方が多いのですが、人通りがきっと江戸時代から多い場所にあります。今の高札は、古びていますけれども、昭和59年に作られたものです。

Imagenara0810142  御高札場の前の細い路地を南に下ると、今も検番のある元林院町に出ます。花街らしい建物も多く、華やいだ気分になります。ここのお家は何なのかはっきりとわかりませんが、竹で出来た水返しが奈良らしいと思います。この近くに、私の大好きな奈良晒のお店『遊中川』があります。昨日もステキなお花がウィンドウにありました。見るだけで、心がすっきりとしますよ。

081013_16270001  元林院町の本当に狭い路地です。イタリアの路地のように上が非常に明るいのが驚きです。餅飯殿町から検番の方向を向いて撮りましたが、露地は人が一人通れる位の巾です。猫ちゃんがぴったりの町なのです。

 観光で奈良にいらっしゃってもこの辺りにいらっしゃる方は、余りありません。歴史の空気を感じるのには、元林院町、南市町など昔ながらの町にいらしてみてください。昔の町の規模、家並み、生活の智恵など肌で感じることが出来ますよ。

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 この二軒のお家の窓や欄干、今では見られなくなった木造です。いろいろと工夫が凝らされていると思いませんか。優雅な気持ちに私はなってきます。この辺りは、映画のロケで使われたりして、本当に奈良らしい所ですよ。地方にこのような古いおうちも残っていますが、優雅さを残している所はあまりないように思います。

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